2008年1月22日火曜日

映画「PEACE BED アメリカVS ジョン・レノン」

 私はわりと洋楽は聴くほうだと思うが、ビートルズやそのメンバーの曲はこれまであまり身を入れて聴いてこなかった。ジョンレノンについても、「インドかぶれした、わりとリベラルな人」くらいにしか思っていなかった。身近にいた全共闘世代の元活動家が「(ジョンレノンは)うさんくさい」と言っていたのもなるほどと納得していたし、「真心ブラザーズ」の曲「拝啓ジョンレノン」の歌詞にジョンレノンを「夢想家」「バカな平和主義者」とくさす歌詞が出てくるのを半ば真に受けていた。
 しかしこの映画に描かれた通りならば─ドキュメンタリーの要諦がどこに光を当てるか、であることを考えると、もともと「描かれた通り」などという表現はナンセンスではあるけれど─その印象は全面的に変えなければならない。少なくとも私の場合、彼の曲に対する評価は大きく変わった。
 多くの人が知っている「Power To The People」や「Give Peace A Chance」も、全訳が紹介され、そこにその時代のジョンレノンの反戦活動の映像がかぶさると、いかにそれらが戦闘的な─といっては誤解を生むとすれば、「時代の先端を行く」─歌であったかが分かってくる。「Happy Xmas」も、あの子どものバックコーラスが延々と「War is over,if you want it」と歌っていたなんて知らなかった!こういう歌があるからこそ、「Imagine」の「夢想家だと言われるかもしれない。だがおれは一人じゃない」という歌詞がより説得力を持つというものだ。
 そう、これはその時代のいろいろなことが分かる映画だ。たとえば、ある一定以上の年齢の人々には自明のことなのかもしれないが、なぜジョンレノンはじめあの頃の活動家は髪を伸ばしていたのか。正直にいうと、ヒッピー文化というものはそういうもので、それに影響を受けたからだと私は思っていた。
 が、ジョンが「髪を伸ばそう」と語りかけているのを聞いて、徴兵制反対の意思表示であることに気づいた。つまり、おそらく話は逆で、そこからヒッピー文化的なものが生じていったのだろう。徴兵制のない日本では、かなり矮小化されざるを得ず、髪を伸ばすことは企業に就職しない程度のことを意思表示するにすぎなかったわけだが(ユーミンの「いちご白書をもう一度」の歌詞にもありますね。「就職が決まって髪を切ってきたとき〜」って)。
 オノ・ヨーコの印象も変わる。彼女がいたから、ジョンレノンはここまでやれたのではないかと思えてくる。彼女については良くない風評が少なくないようだが、保守的な人たちからみたら、そりゃイヤだろうこんな人は。だが、だからこそそのような風評を流され続けたという面もあるのではないか。
 こんなことを書いていると、なんでもかんでも疑りたくなってくる。なぜこの映画は何も評判になっていないのか。あまりにも告知が少なすぎるのではないか。映画の上映時間だって「いったい何?」っていう時間だった。何せ、私が住む川崎の「TOHO シネマズ」は毎朝10時1回きりの上映だった。なぜ夜10時からのレイトショーにしない?見るな、っていう意味か?

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